御手洗の歴史

【御手洗-みたらい-】NPO法人 安芸灘とびしま海道観光協会 | 広島県呉市・国立公園・町並み保存地区

TOWNSCAPE

御手洗の町並み

  • 江戸〜明治にかけて西日本の物流の拠点になる(北前船の中継貿易港)
  • 江戸時代、西日本で商人の町「大阪」の次に栄えた町
  • 米相場は大阪商人が買い付けに来て、御手洗から各地に発信し、御手洗で決まっていたので【御手洗相場】と言われていた。
  • 京都の文化が残る町並み(京都に送る物資も御手洗から送っていたので京都の影響を受ける)
  • 国際貿易も手がけていた町
  • 参勤交代(江戸時代)の時、10の藩の殿様が宿泊する宿があった(船宿:物資、資金、人の世話などをしていた)
  • 住吉神社は大阪の豪商・鴻池が大阪にある住吉大社の2分の1を再現し、創建時に寄進する

A BOAST

御手洗の自慢

町並み保存地区 町全体が保存地区に指定されている
千砂子波止 全国で最初に改行する(アメリカから輸入した約2mの柱時計がある)。
昔ながらの修理ができる人は、全国でここの主人だけ
小学校 全国で最初に開校したと言われている(明治6年1月)
遊郭 町全体が保存地区に指定されている
町並み保存地区 江戸時代、御手洗には4件の茶屋(遊郭)があり、最盛期には300人ほどの遊女を抱えていた。
その中で日本最古の遊郭「若胡子屋」は120人ほどの遊女を抱え、西日本一の遊郭と言われていたが、事件が起きるのを恐れ99人で止めていた。
(有名なおはぐろ事件)。京都でしか見られない「おいらん道中」を御手洗で見ることができたと云われていた。
江戸時代 中継貿易として埋め立てでできた町(満舟寺まで海だった)。
明治12年に御手洗町となる。江戸から明治時代にかけて、37軒の米問店があった。

PUBLIC FIGURE

御手洗の有名人

【中村春吉】
当時では珍しい自転車で世界を1週(明治35年)を成し遂げ、後に世界で活躍する。

【星野文平】
御手洗出身の勤皇の志士。勝海舟と行動をともにする。

【栗田樗堂】
小林一茶や正岡子規らに一番尊敬された江戸時代の俳人。
御手洗の満舟寺には、正岡子規の墓がある。

【新谷道太郎】
坂本龍馬と行動した志士

GUEST

御手洗に立ち寄った有名人

【エンゲル・ヘルト・ケンペル(1691年)】
ドイツ人

【ツンベルグ(1776年)】
スウェーデン人

【伊能忠敬】
御手洗を測量した時、日本で2枚しかない測量の絵図を残す。

【シーボルト(1826年)】
江戸で伊能忠敬の日本地図を外国に持ち出そうとして日本追放となり、長崎へ行く際に御手洗に寄港し診察記録を残す

【吉田松陰(1853年)】
大原屋

【三条実美のほか公家4人】
都落ちの時=「七卿落ち、蛤御門の変」3日間御手洗に寄る

【坂本龍馬、西郷隆盛、桂小五郎、高杉晋作、中岡慎太郎、池田徳太郎】
→四藩同盟または、御手洗条約は御手洗で結ばれている

【ショッピング(明治元年)】
フランス人

【有栖川宮威仁親王(1885年)】

【村本七郎(神機隊)】

【頼山陽】

【陶晴賢、小原仲務丞、白井賢胤、大祝安房、越智安成】

【神功皇后、菅原道真、平清盛、加藤清正、鶴姫(伝説)】

【川端端軒】
戸内海沖乗り航路を開発する